Kazuto Yoshikawa 2021

吉川和人インタビュー 2021

子供の頃、森で生き物たちが生死を繰り返すさまを見て育った吉川さんにとって、木はただ質量を持った材料ではなく、かつて生きていた素材のみが持つ柔らかな命の気配を纏ったものだという。「木は朽ちるという美しい可能性を持っている。」そう語る彼の作品は生命への温かな眼差しと、動物の体のラインや水滴の形など、自然の観察から生み出された滑らかな曲線が印象的だ。

3年ほど前から東京の工房に加えて新たに三重県の山奥に工房「森へ行く日」を構え、TOYOTAのバックアップを受けながら人と森を繋ぐ活動を始めた。森林を保全しつつ有効活用するため森の木を使った製品を開発販売し、その収益でまた地域の木を購入し循環させていくというのが一つ。もう一つは地元の学校での木を使った教育だ。

山深い土地を流れる美しい川のほとりに建つ工房はもともと木工場。前回訪れた時はまだがらんとした巨大な空間だったが、今は大型機械や大量の材料が置かれ、少しづつ工房らしくなってきたということだ。その活動の模様は彼のインスタグラムのアカウント「a day in the forest」で見ることができる。2019年12月の前回のインタビューでは作家になるまでのことや作品についての考えを伺った。今回は新工房「森へ行く日」について話を聞いた。

- トヨタのプロジェクトに応募して三重に拠点を持ったのはなぜですか。

「自然の中で物づくりができる場所が欲しいとずっと思っていたんです。山と直接繋がった場所で、自分が使う材料の始まりが見える所で仕事をしたいという思いがありました。ここは東京と行き来するにはちょっと遠いけど、やっぱり得難い環境です。工房のすぐ隣を流れている宮川は伊勢神宮へ流れていくのでこの名がついているんですけど、水質日本一になったこともある川なんです。僕は昔から川が好きで、山と川が繋がっているということは知識としては知っていましたが、ここにいると本当にそれが感じられるんです。それまでの、東京の工房に籠もって作るだけということから抜け出したかったというのはありますね。」

 - 二拠点生活を始めてどのような変化がありますか。

 「都会にいるときには得られない感覚がたくさんありますね。都心では人工物しか目に入らない。人工物じゃないものって空くらいで、アスファルトの地面もビルの壁も、目に入るものは誰かがデザインして作った物ばかりで、人間に合わせて人間が作った二次的、三次的産物がほとんでです。都市の機能としては当然のことですし、優れたデザインはとても刺激になります。でも三重の工房近くでは逆に人工物がほとんど無くて、目に入るものは自然の形です。そういうものに囲まれていると、都会にいて麻痺していた、形とか素材感とかに対するもっと根源的な感覚がちょっと戻る気がします。自然現象にも敏感になりますね。川の音や、水の冷たさ、季節によって違う森の香りだったり。」

 - 「森へ行く日」をこれからどういう風にしていきたいですか。

 「地方で新たなビジネスを起こしてっていうベンチャーな感じではないんです。都会で暮らしている人に 組織に属して生きていくという選択以外にも、選択肢はたくさんあるよっていうことを示したいというのがあります。今はワンクリックでエンターテイメントでもなんでも享受できてしまう時代ですよね。でもそれって誰かがお膳立てしたものなんです。そういうお金で買える楽しみではない人生の楽しみ方がたくさんあるよということを提示したい。例えばワークショップで自分の生活に役立つ道具を自分で作ったり、森を歩いて木の匂いを感じたり、川で遊んだり・・・そんなことで、こんなに楽しいんだ、楽しめる自分がいるんだということに気づくと思います。ここはそういう息抜きの場所、大人に対しても子供に対しても開かれた、もう一度新鮮に世界を捉え直すことができるような遊び場になったらいいなと思っています。現代の生活は、いろんなテクノロジーによって身体性が拡張され過ぎたり、情報に晒され過ぎたりして、心がついて行けなくなってしまうような場面もあると思います。自然に触れ、本来の素朴な自分の体に立ち返ることを楽しめることが、少し大袈裟に言うと生きていく力になると思うので。そういうことを、作家活動と並行してやっていけたらなと考えています。」

 - 最近では大きな木を切り抜いて木に包まれるような作品や、家具も作られていますね。

 「大きな木の作品(「自分の木」)は最初は兵庫の図書館のために作りました。今後も少しづつ作っていきたいと思っています。木の中に含まれると、単純に楽しいんです。大人も子供も自然にニコニコする。これも子供の時に木のウロに入って遊んだ記憶からできたものです。世の中からちょっと抜け出して逃げ込める、安心して自分に戻れる、一種のシェルターのようなイメージです。家具制作は今まで店舗什器がほとんでだったのですが、ある方からのチェストとテーブルのオーダーがきっかけで、住宅用の家具制作も本格的に始めました。大学を卒業後は12年ほど家具メーカーにいたこともあり、いまは、そのチェストやテーブルを核に他の家具にも気持ちが向いています。三重では地元の老舗額縁メーカーと一緒にミラーフレームを作りましたし、ソファーもいつか作ってみたい。そんな風にして生活全体に関わるものを制作していきたいと思っています。」

 

 *この記事は20211月におこなったインタビューを編集したものです。