安西淳インタビュー

驚くような軽さに、マットな質感、薄造りのシャープなフォルムに加飾の美しさ。乾漆の新しい表現を探求する安西淳さんに話を伺った。

安西さんは東京生まれ。子供の頃から植物や昆虫が好きだった。大学ではバイオサイエンスを専攻、卒業後は食品会社に就職した。入社後しばらくして、それまで人がしていた仕事が、だんだん機械に置き換えられていくのを目の当たりにして、そういった流れとは逆のアナログな職人的な仕事をしたいと思うようになる。休日は京都や鎌倉などへ出向いて工藝品を見てまわるようになり、ある時、漆のお椀に出会う。

「漆のことはなんとなくは知っていたんですが、ちゃんと見たのは初めてでした。高価でしたけど、それも何か理由があるのかもしれないと思い、試しに買ってみたんです。ご飯を入れた時、必要な水分だけ残して、ちょうどいいふっくらした感じを保っていて驚きました。それまで使っていたものと違って、漆ってすごいなと思って。それで漆をやってみたいと思うようになりました。」

しばらくして会社を辞め、漆の基礎を学ぶために京都の専門学校に入った。そこで蒔絵の勉強をしていた、後に家庭を共に築くことになる由香子さんと出会う。彼女の仕上げた作品を見た時に感覚がとても近いと感じたという。一方、専門学校で作っていたハレの日のための漆器には、自分の感覚に馴染まないものを感じていた。みんな漆はいいと言うのに、毎日使われていない事に矛盾を感じた。輪島の塗師である赤木明登さんの存在を知ったのはそんな時だった。普段使いの漆のうつわを作っていたこと、そして何より赤木さんのお椀の、静けさが感じられるような美しさにショックを受けた。赤木さんに会うために京都からスーパーカブで片道10時間かけて能登へ行った時のことを、安西さんは今でも鮮明に覚えている。

「僕は割と感覚で生きてるんですけど、初めて会った時から普通の人とは全然違う感じを受けました。すごく自然というか、季節を身に纏っているような感じで。たった1日のことでしたが、赤木さんに会ったことで、ずっとモヤモヤしていたところから抜けて、自分の進む道が見えた感じがしました。」

専門学校を卒業後、安西さんは赤木さんに弟子入りするために輪島へ。由香子さんもまた蒔絵を学ぶため輪島の研修所へ入った。安西さんはそれから七年間弟子生活を送った。

「弟子時代は滅私奉公で、親方である赤木さんの求めるものを作ります。赤木さんは細かく教える感じではなくて、先輩たちも基本的な工程は教えてくれますけど、道具とか、作業をどうやるのかは自分で考えてやります。だから同じ工程でも人によって仕上がりが微妙に変わってくるんです。テクスチャーの雰囲気も人によって少しずつ違います。赤木さんはこの質感にしてくれっていうことはあんまりなくて、自分が見て美しいと思うものを作ってほしいって。なので自分が本当に美しいと思うものを目指して、それが最終的に赤木さんが望むものと一致したらいいなって思いながらやっていました。でも最初の頃って自分が強すぎるんです。いいものにしようといじりすぎて、どんどん崩れていってしまう。それが集中して長い間作業を続けているうちに、だんだん静かなものになってくる。それには環境もあったかもしれません。赤木さんのところには、古いものなどが目に触れる場所に置いてあって、それらを見ていると赤木さんが目指している美しいものが何となく分かってくるようになるんですね。あと、赤木さんは春は山菜を採って、夏は海に潜って、秋はキノコを採ってとか、その季節季節を真剣に味わうような遊びをされて、それを僕たち弟子にも体験させてくれるんですけど、それも今思うと本当に勉強になりました。キノコを採りに行った際の、森の冷たい空気の感じとか、湿った香りみたいなのはやっぱり体験しないと分からないですよね。そういう五感を使った経験をさせてもらっているうちに、赤木さんの感覚が自然に自分の中に入ってきた感じがありました。」

忙しい弟子仕事の合間の散歩中、草花を摘んできては、乾漆技法で自作した花器にいけて楽しんでいた。そのころは乾漆を自分の仕事としてやっていこうという気持ちはなく、ただ好きで作っていたのだが、弟子時代が終わりに近くなり、赤木さんのところを出たあとのことを考える時期になると、自然と続けていた乾漆を作品として制作しようと思うようになった。

「赤木さんみたいに木地の漆器を作った方がいいのか、それとも自分がやりたい乾漆の作品を作った方がいいのかですごい迷ってる時期があって、ある時赤木さんに相談したんです。自己流だけど乾漆をやっていきたいって。そうしたら赤木さんは、自分がいいと思ったことを目指しなさいと言ってくださって。それですごい楽になって、思い切ってやろうという覚悟ができました。」

独創的な安西さんの作品はどのように生まれてきたのだろうか。

「もともとシャープで端正な薄造りのものが好きなのですが、それを乾漆でやろうとすると、ゆがみやすかったり割れやすかったりと最初は問題だらけで。一般的な乾漆ではないので、自分で試行錯誤しながら改良を重ねてきました。金属器の薄く内側から膨らむ緊張感のある張りやシャープなラインを乾漆で表現すると全体的に優しい雰囲気になるというか、シャープなのに柔らかい感じがします。酒盃の加飾は由香子が担当していますが、お互いに思うようにやってみて、少しづつ修正したりしながらイメージに近いものを作っています。」

今後は技術的に難しい作品の精度をより高めたり、いろいろな雰囲気を出せるように挑戦する一方、シンプルでありながら難しい皿のような作品にも向き合いたいと語る安西さん。今回話を伺って、安西さんの純粋な人柄と、自分の感覚を信じて理想を追い求める姿が眩しく感じられた。

 

*この記事は2023年9月に行われたインタビューを編集したものです。

 


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