赤木明登の言葉

 

「美しいということとは、いったいどういうことなのか? 」ずっと考えている。だが、ぼくが向き合ってきたのは、おそらく人間の知性では、答えることのできない問いなのかもしれない。それでもたった一つだけ希望がある。それは、使うためのうつわをつくりつづけ、素材への愛と探求をやめないことだ。塗りつづけながら、ぼくの抱えている難問に、漆のほうから答えを与えてくれる可能性を、少しずつ感じるようになってきた。ー essence kyoto での個展 (2019.4.13-21)に寄せて

僕は、なぜ輪島に来たのか、どうして漆を手にしたのかと考えつづけてきました。実は、最初からその答えがわかって輪島に来たのではなく、ほとんど直感的でした。そして、ようやく僕が見つけたのは、せいいっぱい自分になる、自分をするという単純なことでした。そのことと矛盾するのかもしれませんが、僕にとってものを作るということは、いかに自分を消すか、小さな、とらわれている自分を消してしまうかということです。結果、無心になれたとき、もしくは、完璧な作為がなされたとき、美しさが彼方よりやってくるような気がするのです。朝から一日、薄暗い部屋の中で単純な作業を黙々とつづけ、夕方になってふと我に返ったとき、涙の出るような幸福感を味わうことがあります。こんな仕事を、これからもくり返すことができたらいいなあと思っています。ー著書「名前のない道」に1994年に開いた初個展の時、案内状とともに手紙にして添えた文章として紹介されています。

こころざしは、はっきりと目には見えません。心で感じるものです。優れた花人の生けた花が、ただ花入れに自然の草花を投げ入れただけにもかかわらず、高い精神性を感じさせるのと同じように。器も特別なものである必要はありません。ぽんと食卓の上にあればいいのです。ー「うちの食器棚」

 

色について

(漆の)黒と赤は、陰と陽だよ。死と生も象徴している。命は、外側を死に取り囲まれているけれど、だからこそ輝いていられるんだ。ー「塗師物語」

漆には、基本的に赤と黒しかない。それは漆という素材が本来透明ではなく、茶褐色半透明なので強い色調しか発色させることができないからだ。だが、黒という単色の色の中にさえ、宇宙に匹敵するような多様性がある。「名前のない道」

黒の中に、グラデーションのように白や、青や、紫を感じさせる光がある。赤という色とても同じだ。そこにあるのは、僕の想う黒と、僕の想う赤だけなのだ。無限の大海のような黒の世界で、自分の黒を見つけること。無辺の宇宙を漂うようにして、一点の赤を見つけること。それは、途方もない孤独な道のりだけれど、僕は、そこに魂の自由を感じている。「塗師物語」

 

美とかたちについて

美しい形は人が頭で考えて作り出すことなんてできないんじゃないかな。ー「名前のない道」

美しい形は、偶然にしか現れず、人はそれと出会うのをただ待っていることしかできないのだ。ー「名前のない道」

相対的なものが、すべてではない。普遍的なものがどこかにあるはずだ。そして普遍性は必ず生命の本質にかかわるものだろう。ー「名前のない道」

 

自身の作品について

「写し」とは、古いものをそのままコピーして作ることではない。新しいものを古く見せて、人を騙すのは「贋作」だ。そうではなくて、古いものを美しくしている何か、必然性のようなものを掴んで、咀嚼し、その形の中にある漠たる世界から、自分ならばこれだという一つの線、一つの色を見つけていく作業なのだ。ー「塗師物語」

僕が始めたのは、漆の世界にテクスチャーを回復させること。直接触れなくても感じられる、やわらかい手触りと、あたたかい温度を、漆の器の表面に取り戻すこと。ー「名前のない道」

ぼくは、いつも自らが選択を強いられるとき、その根拠を問いつづけてきたが、もちろん答えはない。あるとすれば、自分が選び取った一本の線、一つの色、質感は、変化しつづけている自分の、ある瞬間にすぎない。つまり、ぼく自身が変化しつづけるものであるからこそ、出会うことのできる個別性であって、それこそがぼくの内にある自然の正体ではないかということに、ようやく気がついた。ぼくの個別的な「好み」を何処までも追いかけるということは、ぼくの内なる自然と、素材という自然を重ね合わせることである。そういう個別性と個別性が出会ったときに、形は、色は、生まれる。そして、その刹那に、自然の向こう側にある何か大きなものとの接続を感じる。そこが「美しいもの」が生まれる場所である。ー「二十一世紀民藝」

かつては、精神的なものと物質的なものは別物で、どこか対立するもののように思われてきた。でも、そこに物質性は何も無いという、仮想現実というのが立ち現れてくると、物質と精神というのが改めて不可分であったというか、別々にあるものではなく、もともと一つのもの、不二であったのだということが、よくわかる。手で触れられるもの、匂いを感じるもの、温度が伝わるものが、いかにぼくたちの心に作用をおよぼす大切なものなのか、やっと気づいたのだ。ー「うつわを巡る旅」

 

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